Legend UNIVERSE 2019 WINNER〝Legend〟SPECIAL INTERVIEW
akane(登美丘高校ダンス部:振付)
みごと新時代の〝レジェンド〟の座を獲得したakane。今や広く世間にも知られる振付師として活躍する彼女が「レジェンドがあったから今の自分がある」と語るその真意、そして自身の作品づくりにおける奇抜なセンスの源泉を今ここに語る!
※以下、文中では『Legend Tokyo』のChapter.〇を「LT〇」と表記します
「自分を成長させてくれた大会に恩返ししたい、ここでいい作品を見せたいという想いは強かった」
〝レジェンド〟で優勝することをちゃんとクリアにしないと次にいけない
前回の出展から実に3年ぶりの挑戦でしたが、この3年間で色々ありましたね!
3年前の私は何も持っていなくて、「レジェンドのステージに作品を出す」というのも目標の1つでした。ひょんなことから登美丘のダンス部が有名になりましたが、この大会があったから、ここでの経験があったから今の自分があると思っています。
だからこそ今回は「レジェンドで優勝することをちゃんとクリアにしないと次にいけない」という想いも私の中にあって、自分を成長させてくれた大会に恩返ししたい、ここでいい作品を見せたいという想いは強かったです。
もともと大会のことはいつ知ったのですか?
大会自体はLT1が終わった後にその存在を知って、LT2でMASAMIさん作品にゲストダンサー出演した時、他の作品を生で観てはじめて、「こういう世界があるんだ、こんな作品作っている人がこんなにいるんだ!」と衝撃を受けて。そこから自分もいつか作品を出したいなと思うようになったんです!
それから2年後の2014年にはティーンズ・ゲストとして大会に出展されましたね!
はい、2年ぶりに生で観た大会はもうほんとにすごくて! 「(レベルが)こんなことになっていたとは……」という衝撃があって悔しかったし、その時は大学の同期のAnriが振付師としてコンテスト出展していて、それもやっぱり悔しいという気持ちがありました。
確かに今振り返ってみると、2014年の大会は後の優勝振付師も多く挑戦していたハイレベルな大会でしたね!
それで次の年に予選を突破して念願かなって本戦に作品を出せたんですけど、それがもう大失敗でした(笑)。
照明とか舞台のことが根本的に分かってなかったですし、横浜アリーナのステージも特殊過ぎだったし、もう自分が勉強不足すぎてみんなの記憶から消したいって思ってます(笑)!
ここで生み出さなきゃ、私にはもう後がない
そうだったんですね(笑)。 でもその時の作品「日本万国博覧会」は、akaneさんらしい名作だったと思いますよ?
振り返ってみると、その年は私すごく色んな作品を作っていて。今回の作品(後半)の「HERO」や、「大阪のおばちゃん」にこの「日本万国博覧会」に……。今思うと、この年に作った作品は大きいですね。この年はめっちゃ生み出した年で、「ここで生み出さなきゃ私にはもう後がない!」って思っていたんですよ。
なぜそんなに切迫していたのでしょうか?
大学を卒業して大阪の実家に戻ってきた年で、ダンサーとして生きていくって決めたけどお金もなくて、親にお金を借りながら作品を作ったりしていた状況だったんです。あまり仕事もなかったから時間だけはあって、考える時間はもちろん、本もたくさん読んだし音楽もたくさん聴いたりして。
インプットが多かった時期で、そこからのアウトプットでは失敗することも沢山ありました。考えたことが上手く表現できなかったり、試行錯誤した時期でもありますね。
akaneさんにもそのような時期があったんですね……。
そういう点では2016年から私も作品を出展させていただいている『FINAL LEGEND』での経験は大きいですね!
〝名作の再演〟という公演コンセプトの基に、作品をブラッシュアップして濃いものにできたし、映像や他分野のパフォーマーの方とコラボできたり……。あとは照明の使い方、スタッフさんとの接し方もだいぶ勉強できました!
そうやって、今回は3年ぶりに大会に出て、スタッフさんも含め、私に関わってくれた色んな人に自分が成長できた姿を今回の〝レジェンド〟のステージで見せることができたかなと思ってます!
振付は、ダサいけど速くてすごい!衣裳は、低コストで・かわいくて・変なモノ!
衣裳は全員分を自分で1回着てみて考案!
では、今回の大会挑戦に関してはプレッシャーもあったのではないですか?
メンバーの子たちも学校のテストがあったり、それで成績悪かったら出れないルールにしていたので、制作期間は短かったです。ただ今までの経験もあるし、作り始めたら早かったですね。自分の好きなもの、得意なものをこめて、音楽編集も上手くつながったので振付を考えるのも楽しかったですし、衣裳にもすごく力を入れました!
衣裳はすごく手が込んでいましたね! これはどのように用意されたのでしょうか?
全員分の衣裳、上下の組み合わせを全て私が全部1回着て考えました。細かい加工はそれぞれに指示して任せましたが、全員分の衣裳を決めるまで試行錯誤の連続で3週間ぐらいはかかりましたね。
衣裳に関しては私が作品づくりを始めた頃からこだわっていて、低コストで、かわいくて、どれだけ変なモノにするか! 既製服でも加工して唯一無二のものにするようにしています!
akaneさんは他の作品も衣裳がだいぶ独創的ですが、何か服飾の勉強はされていたんですか?
独学というか、ただ好きなだけで学んだとも思っていないですけど、前衛的な……例えばパリコレとかのファッションショーの雑誌とかは定期購読しています。「こうやったらこんな変なモノになるのか!」という発想を得たり、そこはすごく影響されていますね!
音楽・ファッション・映画、80年代は色あせない!
使用する楽曲についてもよく昔の曲を使われていますが、それは何か理由があるのですか?
3才からダンスを習っていて、その時の先生がよく80年代の曲を使っていたのでその影響ですかね?
音楽とかバブル時代みたいな昔のファッションとかも個人的にすごく好きで、笑けてやっちゃいたいというか、ある意味〝出落ち〟なんですよ(笑)。「既に見た目がおもろいのにバリバリに揃えて踊っちゃう」という所に面白さがあるんです!
なるほど、そういった発想だったんですね(笑)。
80年代の音楽ってめっちゃおもろい、懐かしい、いい塩梅にダサい、でもこれがいいって思うんです! これがあったから今の音楽があるし、いつ聞いてもいい歌ばかりで色あせない。80年代は音楽もファッションも映画も好きなんです!
だから今回の作品も映画の「バック・トゥ・ザ・フューチャー」は衣裳の参考に、「グリース」と「フットルース」は曲も使用しています。好きな映画を観るとは「いつかこういう世界観を作品にしたい」と思うんですよ。
色んな方面のことから吸収して作品を作られているんですね!
あとは日常的なものからも吸収することが多いですよ! 100円ショップとか行くのめっちゃ好きですし、なぜかデザインの本も図書館で借りて勉強したりとか……。他にもやはりファッションについてはその歴史や流行の本を勉強したりしましたね。
普通のことをやってしまう自分が恥ずかしい!
では、振付についてはどこから発想を得ているのでしょうか?
今回は特に80年代のイメージの作品だったので、当時のダンスを結構調べました。昔のジャズダンスというか……。もちろん簡単にできるものではないんですけど、そういうテイストを取り入れて、あとはいつも通りの自分の踊りを入れましたね。ダサいけど速くてすごい、みたいな。
akaneさんの持ち味とも言える奇抜な振付というか、、その「ダサいけど速くてすごい」というのはこだわりなのでしょうか?
私、基本的に普通のことや人がやっていることを自分がやりたくないというか、怖いというか苦手で。普通のことをやってしまう自分がダサい、恥ずかしいって思ってしまうんですよ。
そういうことやるとすべってしまうって感覚的に分かるし、やっぱりどこかで観る人をつかまなきゃいけない。やっぱり人って「見たことない、何これ?」ってなった時に興味を持ちますよね? そういうところを意識するするようにしています!
では今後の活動に向けて、何か展望を教えてください!
次は個人の仕事の分野でも結果を出したいと思っています。特にお世話になった高校ダンス部のシーンに対しては、恩返しできるように頑張りたいですね。
また、登美丘高校ダンス部はコーチという立場から退いて私は〝監修〟という立場になり、コーチは私の愛弟子にバトンタッチします。私ばっかりがやっていても新しいものは生まれないですし、次の世代を鍛えるのも必死に頑張っていきますよ!
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