エンタメ界の“頂点”であろう、アメリカのミュージック・ビデオ(以下略、MV)業界。そこで振付けするコレオグラファーの作品は、全世界に配信され、多くのダンス・音楽好きに影響を与え続ける。まさに“憧れ”ともいえよう、その世界で“ブリトニー・スピアーズ”などのMV振付けをこなし、セレブリティ・コレオグラファーとして活躍している重鎮、それがAndre Fuentesだ!
そんな彼と、世界の一流アーティストの振付師やダンサーたちとアジアのトップダンサーが一同に集結する日本最大級のダンスコラボレーションイベント『PRECIOUS LAND』をオーガナイズした、井上さくらさん(以下、敬称略)を交え、この2人にアメリカのダンス業界の“今”をインタビュー。その内容は、日本とはあまりにも違う、まさに驚きの連続であった!
Andre Fuentes
16才の時、マイケル・ジャクソンのバックダンサーをキッカケにダンサーとしてのキャリアをスタート。90年代後半より、プリンス、ブリトニー・スピアーズのワールドツアー振付けをこなす。2000年代には、ブリトニー・スピアーズの数多くのMVを振付け、「CIRCUS」はMTVより「ベスト・コレグラフィー賞」を受賞した。また、世界各国でワークショップなども展開している。
主なプロフィール
○Pepsi-Colaのビヨンセ、ブリトニー・スピアーズ出演CM振付け
○TV番組「America’s Best Dance Crew」シーズン3エピソード3出演
○アーティスト振付け
・ブリトニー・スピアーズ:「CIRCUS」「WOMANIZER」「Born to make you happy」「From the bottom of my broken heart」MVほか、ライブ、ワールドツアー振付け
・プリンス:「The One」、「The Greatest Romance Ever Told」MVほか、ワールドツアー振付け
○MV出演
・ブリトニー・スピアーズ「Overprotected」「Slave」「Ooops! I did it again!」「Born to make you happy」「Crazy」「Sometimes」
・Jewel「Intuition」……ほか
○映画出演・振付け
1996年「バードゲージ」/1997年「バットマン&ロビン」/2000年「チャーリーズ・エンジェル」/2005年「ロンゲスト・ヤード」/2010年「One Wish」
井上さくら
千葉県出身。日本でダンサーとして活躍する後、ロサンゼルスへ渡米。ブリトニー・スピアーズのダンサーとして活躍する中で現地業界を学び、2008年、アジアとアメリカのコレオグラフ・シーンをつなぐエージェント「Asian Talent Network」を立ち上げる。現在ではFlowBackや韓国アイドルなどさまざまなアーティストを振付けている。
ユニバーサル・エンターテインメントという考え方!
――『PRECIOUS LAND』では、日本人を振付けしていかがでしたか?
Andre:一緒にやったみんな本当に友達みたいに仲良くて最高の仕事だったよ! 僕にとっても大作が創れたと思うね!
――取材陣もダンスイベントとは思えないほど来ていましたね!
さくら:実は、ほとんど“BEAST„の取材だったんですよ。でも、私はそれで良かったと思っています。報道の人たちみんなが「アーティストのバックとしてしか見ていなかったけど、ダンスがあんなに素晴らしいものだと思ってなかった!」と言ってくれたんです。
――けど、さすがアメリカで事業をやっているだけあって、すごくエンターテインメントな演出が詰ってましたよね。
Andre:日本のイベントは、どうしても“一般が楽しむ”よりは、“ダンサーが楽しむ”ためのイベントになりがちだよね。アメリカはコアなものだけでなく“ユニバーサル・エンターテインメント”の考え方が、ちゃんとダンサーにも浸透しているからね。
さくら:アメリカだと、ダンスイベントってダンサーだけでなく、当り前のように一般人も来るんですよ。テレビもダンス番組は視聴率がめっちゃいいですよ!
――今、アメリカでは、ダンス熱がスゴく高いんですよね!?
さくら:全然、日本と規模が違います。レッスン1つとっても、2000人を動員するワークショップが開催されているぐらいですから。
――そんな人数どうやって教えるんですか!?
さくら:ステージと花道があって振付師はマイクをつけて踊る。後ろに映像が出て、まるでコンサートみたいですよ!
Andre:「THE PULSE」のことだね。あれは本当にスゴい! 僕もあそこまで大規模のワークショップは見たことがない!
さくら:さらに驚くことに、参加費が3万円ぐらいするんですよ!
――参加費3万円って……、そこに一般人も来るんですか?
さくら:ワークショップに来るのはダンサーだけですよ(笑)。
Andre:けど、やっぱり、僕はみんなの顔が見えて、1人ひとりのフィーリングを感じとれる少人数制クラスの方が好きだな。
さくら:実は、彼がブリトニーのMV振付けを始めたのも、彼女本人が彼のレッスンを探して来てくれたことがキッカケなんですよ。
――ブリトニーが普通にレッスンを受けに来ているんですか!?
Andre:もともとワールド・ツアー以来、友達だったんだよ。彼女は本当にアメージングなダンサーだね! 一流ダンサーより振り覚えが早いんだ。性格もすごく良いから、本当に尊敬しているよ!
アンドレがMTVより「ベスト・コレオグラフィー賞」を受賞したブリトニースピアーズの『Circus』。
驚愕のスケール! これがアメリカのダンス業界。
――やっぱり、アメリカで“振付師になる”って難しいことなんですか?
Andre:振付師になるのも仕事を取るのも、スゴく難しいことだね。ダンサーとしては素晴らしいのに振付けをしたらイマイチだったり、逆に振付師としては素晴らしいのにダンサーとしてはイマイチなこともある(笑)。
振付師は作詩・作曲家と一緒でダンサーとは違う仕事なんだ。別の才能も必要だし、自分の振付けを表現できるダンサーを選ぶ能力も必要。それに今は、振付師も増えたから競争もスゴく激しい!
さくら:システムも日本と全然、違います。日本で仕事をとるためには、よくアー写(※アーティスト写真)と履歴書を出しますが、アメリカだと、さらに「REEL」っていう“動画で見せる自分のプロモーション映像”も必要なんです。だいたい自分の経歴を3~4分でDVDにまとめて。いちいち再生ボタンを押させるようだと、そこで、もう落とされます! だから、みんなオート再生(笑)。ただ、厳しい分、振付師の“公募”の仕事がスゴく多いんですよ!
――ダンサーだけでなく、振付師に“公募”があるんですか!?
さくら:そうですよ! MV振付けをやるには、「SUBMISSION」を提出する必要もあります。アーティストが「次はこの曲で振付師を募集」っていうと、振付師たちは「自分が、その曲を振付けしたら」というイメージのMVを1分ぐらいで作って出します。それをアーティストが見て、好きなものを選ぶ感じですね。
――1回に応募ってどれぐらい集まるんですか!?
さくら:全員が参加きるものから、「CLOSE」と呼ばれる事務所から声がかかった人だけ参加できるものまでピンキリですね。例えば、ビヨンセぐらいのクラスだと、各「AGENT」の振付師トップ5が提出するんです。そういった事務所が5つあるので……25人ですね。
――AGENTって事務所? ダンサーに事務所があるんですか?
さくら:エンタメ業界で働いているダンサーの95%は入っていると思います。事務所は、お金の交渉とか、条件の契約などダンサーでは難しい部分をフォローしてくれるんです。あとは、「UNION」というものもありますね。
――ユニオン……日本でいう“協会”ですよね!?
さくら:ユニオンは“労災保険”や“ダンサーの著作権”を守る団体です。例えば、アンドレは、映画「チャーリーズ・エンジェル」に出演していますが、その著作権料が今でも全世界から13週間に1度集計され、数パーセントの収益が入ってくるんですよ。
Andre:逆をいえば、映画やテレビに出るダンサーは、絶対に協会に入る必要がある。映画は「SAG」、テレビは「AFTRA」という協会があって、年間25万円ぐらい払わなきゃいけないんですけどね(笑)。
さくら:後は、ダンサーの“労働基準の確保”も協会の役割ですね。例えば、リハーサルは1日8時間までしか出来ないとか。
――じゃあ、日本のように撮影が36時間ぶっとおしは、有りえない!?
Andre:アメリカじゃ絶対無理。そんなのアリエナイ!
さくら:そういった過酷な状況はギャラが高くなるんですよ。拘束は12時間って決まっているから、12時間を越えると倍々でギャラが上がります。16時間を越えると「GOLDEN TIME」って言われて、3倍になりますよ!
Andre:だから12時間を超えてグッタリしてきた時は、「この際、ゴールデンタイムへ突入して欲しい」と思うよね(笑)。
――それで、ギャラって幾らぐらいもらえるんでしょうか? 有名アーティストの場合は!?
さくら:基本的に振付師は作品を創っている期間の日給計算になります。ワールドツアーを回るクラスの場合だと日給15~20万円ですかね。1つの作品で約2週間かかった場合、だいたい300~400万円です。
――そんなに! だから“業界”として成り立っているんですね!
撮影中の振りをモニターでチェック。MV業界においてコレオグラファーは重要なポジションを担っている。
振付師がスポットを浴びる!その環境を日本にも。
――日本とアメリカ、振付師業界の違いって何だと思いますか?
さくら:アメリカの方が公平ですよね。アーティストが創りたいイメージに対して振付師を選び、振付師が創りたいイメージに対して必要なダンサーを選ぶ。日本だと“コネクション”が強いから、ずっと同じ振付師やダンサーがその仕事をやっていることが多い。それがいい・悪いはともかく、“仕事としての観点”が違うと思います。
Andre:まさに“実力を重んじるクリエイター”だと思う。それだけの権限も与えてもらえるしね!
――確かにアメリカだと「誰が振付けしたのか!?」という部分も、スゴく注目されていますよね。アンドレも「CIUCUS」でMTVアワードをもらったんですよね!
Andre:あれは、“DREAMS COME TRUE”だね!「トップクラスに入れた!」と思った。それだけMTVアワードは知名度があるんだ。目標へと近付いたと思うよ。僕は、最終的には、「ARTISTIC DIRECTOR」になりたいんだ!
さくら:“ダンスの構成演出監督”みたいな感じの仕事ですね。
Andre:それもボブ・フォッシーみたいにブロードウェイ・ミュージカルの! 自分も、今あるものをベースとしながらも、違うものを混ぜて新しい何かを確立したいと思っているんだ!
――最後に、「SDM」でも「日本の状況をもっと変えたい」って思って「Legend Tokyo」を開催していますが、どう思いますか!?
Andre:日本はダンサーばかりにフォーカスがあたっているから、それを変えようとする姿勢はすごく良いと思うよ! 振付師は脚光を浴びる存在じゃないと思われているけど、アメリカはきちんと振付賞というものがあってスポットが当る存在になっているから!
さくら:振付師たちも、振付師同士が競う方が緊張するし、燃えると思います。お互いに刺激しあって上がっていける未来が日本にも実現すると思います!
ブリトニースピアーズの中でも有名な「Womanizer」を振付けたのもアンドレ。グラミー賞にもノミネートされている。
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