ある一人の世界的ダンサーを取り上げたドキュメンタリー映画が日本でも公開された。彼、リル・バックは全米有数の犯罪多発地域でとして知られるテネシー州、メンフィスでメンフィス発祥のストリートダンス“メンフィス・ジューキン”にのめり込み、やがて奨学金を得てクラシックバレエにも挑戦。彼の踊る名曲「白鳥」が世界中の人々に衝撃を与え、一躍世界的ダンサーへの階段を上っていく。リアルなメンフィスの街の生活や歴史、さまざまな人々の証言から見えてくる彼の生き様が勇気を与えてくれるそんな映画だ。なんと今回はリル・バック本人へのインタビューに成功! 彼がこの映画、そして自身の活動を通して伝えたいこととは……。
メンフィス文化であるダンス〝ジューキン〟。
まず、リル・バックさんが踊るジューキンとはどんな特徴のダンスなのでしょうか?
リル・バック:テネシー州のメンフィス発祥のダンスで、複雑なフットワークと非常になめらかなグランディング、上半身のバウンスでグルーブ感を持たせるのが特徴。ほぼほぼフリースタイルなので音楽センスが重要で、主に拍で音を取っていくのが特徴的なダンスです。振付をあわせてパフォーマンスをすることもありますが、ダンスバトルなど即興で個人個人が踊るのが主流ですね。
成り立ちの面では、ブレイキンやクランプと似た部分があるんですね。
リル・バック:似たような成り立ちでもブレイキンやクランプはグローバルな市民権を得ていて、今は本場さながらのバトルが世界中で繰り広げられていますよね。それはテクニックを知っているだけではなく、その踊りのルーツやなぜそれを踊るのか、それぞれの精神性が理解されているからです。でもジューキンの場合はまだ文化が知られていなくて、TikTokやInstagramの短い動画で知られてはいるけど、見様見真似で表面的な部分を踊っていることが多い。根源にあるルーツを理解しては踊ってもらえるように、世界に広めていかなければならない段階なんです。
文化的にはどのようなダンスなのでしょうか?
リル・バック:メンフィスの市民にとっては生活に根差しているものです。メンフィスにも他のジャンルを踊るダンサーはいますが、彼らのルーツはすべてジューキンにあります。メンフィスに住んでいれば街中で日常的に見かけるもので、誰もがそれによって触発される、まさに文化に根付いたものなんです。僕もマイケル・ジャクソンをはじめ、さまざまなスタイルに影響を受けていますが、ダンサーとしてのキャリアをつもうと思ったのはジューキンに出会ってからなんですよ!
僕の母の世代から前身となるジューキンの元となるダンススタイル、ギャングスタウォークをみんな踊っていて、今の世代は親が〝ジューカー〟で子どもたちはみんな親に習うんです。伝統とまでは言えませんが、メンフィスの文化のひとつであって、生活スタイルの一部。街のいたるところで踊られるものなので、嫌でも日常の中で目に入ってくるんです。
ダンスに対する純粋かつ貪欲な探求心。
そんなジューキンを踊るリル・バックさんが、なぜバレエを習おうと思われたのですか?
リル・バック:とにかくダンスが上手くなりたかったというのが原動力です。マイケルのムーンウォークがダンスを始めるきっかけだったりするけど、8歳の頃シカゴからメンフィスに移ってジューキンに魅了されたり、映画『ユー・ガット・サーブド』の影響でブレイクダンスに憧れたり、HIPHOPやアフリカンダンスを持ち込んだり、純粋にダンスが上手くなりたいという気持ちだけでした。なのでジューキンという枠の中で収まるわけがなくて、どんなジャンルでも吸収していこうと、変なバリアは張っていなかったので、自然にバレエにも移行できたのだと思います。
具体的には元々、僕が所属していたサブカルチャーロイヤルティーというHIPHOPクルーがバレエ学校のスタジオを借りて練習していたのがきっかけで、先生の目に留まってスカウトされたんです。ありがたいことに奨学金も貰うことができて、しっかり基礎から教えてもらえました。ジューキンもつま先で踊ることがあるが、バレエダンサーがどうやってあんなにつま先で踊れるのか不思議で、どういう力学やテクニックで踊っているのかという興味だけでバレエに入っていきましたね。
音楽の面でも、ラップからクラシックへの移行が意外と抵抗なくスッとできました。それはそれまでさまざまな音楽ジャンルに触れてきて、センスが磨かれたんだと思います。どんな音楽を聴いていても、自分がどんな感情になるんだろう、どうダンスで表現できるだろうという観点で聴いているんです。でもその基礎はジューキンで培われていて、曲の聴き方などは、曲の骨格から細かい音まで分析ができるようになっていました。
ダンスを使った映像で社会を変える。
映画の中でも語られるようにその後、「瀕死の白鳥」の動画で一躍世界にその名前を知らしめたわけですが、現在もMOVEMENT ART IS (以下略、M.A.I.)という活動でショートフィルムの制作も精力的に行われています。リル・バックさんが、ダンス映像を通して伝えたい、表現したいことは何でしょうか?
リル・バック:M.A.I.は基本的に、ストリートダンスを使って伝えるショートフィルムを作るプロジェクトです。そこで僕らは、自分たちにとって大きな意味を持つさまざまな社会を変える助けになるようなストーリーを語っています。
『Color of Reality』では今アメリカで起こっている警察権力による暴力やブラック・ライヴズ・マターの問題を描きました。それはまさに僕たちの身の回りで起こっていることです。また『Am I A Man』というショートフィルムは、活動家で弁護士のブライアン・スティーブンソンとのコラボで作りました。黒人の刑事収容に関する作品です。
僕たちはいつも、耳を傾けられるべき物語を語るため、身の回りの社会で起こっているさまざまな出来事に注意を向けるためにM.A.I.の活動を行なっています。最近は『ブラインドスポッティング』という多くの社会問題を扱ったテレビシリーズのために振付もしました。それぞれのエピソード内で語られる物語をより高めるためにダンスを使っているので、ぜひ観てください。
自分の人生を信じて欲しい!
それでは最後に、日本中の方々にメッセージをお願いいします。
リル・バック:僕がこの映画から受け取って欲しいのは、生まれがどこだろうと、どんな文化や環境の中で育っていようと、何かに情熱を持ち、自分の愛することをやっているなら、何ものにもそれを止めさせるなということ。他の誰かの意見に、自分のやりたいことを支配されないで欲しいということです。
自分には成し遂げられるんだと信じて欲しい。僕が伝えたいのは、人はどんな方向にだって自分の人生を向けられるということ。ビッグになりたいというのでもいいし、ただダンスがしたいというのでもいい。自分の気持ちを声に出して、それを人に届ける。あなたにはその力がある。世界があなたを信じてくれないなら、それ以上に自分のことを信じて欲しい。それがこの映画を通して伝えたいことです。この映画を観て、僕という人間を知ることで、もっとみんなが自分のことを信じるようになって欲しいと思います。
【映画情報】
『リル・バック ストリートから世界へ』
ヒューマントラストシネマ渋谷、新宿シネマカリテ、アップリンク吉祥寺他全国で公開中。
©️2020-LECHINSKI-MACHINE MOLLE-CRATEN “JAI” ARMMER JR-CHARLES RILEY
原題:LIL BUCK REAL SWAN|2019年|フランス・アメリカ|ドキュメンタリー|85分
監督:ルイ・ウォレカン 配給:ムヴィオラ
公式サイト:http://moviola.jp/LILBUCK/
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